殿岡駿星『橋本夢道物語』表紙
◆ 「夢道を語る会」 at SAMURAI ◆ /話:橋本夢道研究家 木村哲也 /時:2012.3.9(金)17:00〜19:00 /所:新宿3丁目JazzBarサムライ    03-3341-0383   jike●n.email.ne.jp /お代:1000円(1drink付) ※木村氏は、『橋本夢道物語』などの読書・研究され、 2012年3月7〜8日は、夢道の故郷の徳島を訪れ、 9日午後は、東京での足跡のある銀座や新橋などを 散策した足で本会に臨みます。 ☆ついでに銀座界隈吟行も。正午、有楽町駅発、 銀座5丁目「若松」であんみつを食べ、夢道縁の場所を散策。 ※19時の閉会後、同店で飲みながら続行。 (結果的には夢道ご遺族の石田ご夫妻と殿岡ご夫妻がご参加されました)  ▽お勧めテキスト  殿岡駿星著『橋本夢道物語』税込¥1995  ☆サムライでこの本の販売しています。残部数冊。 ▽facebookグループ「夢道を語る会」書評「橋本夢道物語」研究blog「つくづく橋本夢道」by 木村哲也俳句志「もののふの会」第105回俳句活動 ------------------------------------

2013年10月20日

月島・夢道の会

 遅すぎるUPですが、他意はありません。
 5日(土)午後、勝どき書房資料室で、いつものメンバーで、夢道の会。
 夢道の声が聴ける、ということで、楽しみに会場に向かった。
 先に聴けたのが、句会か何かでの、堅い話だった。
 予想より、甲高い声だったが、術後ということがあったかもしれない。
 その後は、酒席でのもの。これが圧巻だった。
 あえて難癖をつければ、静子さんが同席していなくて、その声が聴けなかったこと程度のものである。
 夢道の死の時に高校生だった小生が、酒席に同席した錯覚をした。
 それだけに(?)、しらふで2時間以上聴かさせられたのは、苦痛だった(笑)m(_)m
 せめて、缶ビールくらい飲みながらにしたかったものだ。
 ここに出て来ることが夢道のホンネ、出て来ないこととの差異は、今後に生かしたい。
 駿星さんにとっては、聴かれたくないような内容であったかもしれないが、あえて開示してくれたことに、深甚の感謝。
posted by 木村哲也 at 15:17| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月17日

句の初出調べで気づいたこと

 夢道の句が雑誌に掲載されたものは、雑多に所持している。
 関連時事で言及されているもの、基準は不明だが、徳島の文学書道館に所蔵されているものなどである。
 それらを整理していくうちに気づいた。
 『全句集』の年譜は、書誌を兼ねている、と。
 これはこれで、貴重すぎる資料で、特に谷山花猿には頭が下がる。
 しかし。
 書誌は書誌で独立していなくては使いづらいし、また、具体的にどの句が収録されているかは判然としない。
 それでも、全句集は編年体のはずだから、割に見当がつけやすいと思っていた。
 だが、例えば。
 1947年1月、『現代俳句』に「祭と人生」5句、『層雲』に「花蓼」5句が掲載された、とある。
 全句集本文ではどれだろうか。こういう小見出しは、初出出典はまだしも、落とさないでほしいと思うのは間違いとは思わない。
 5月には『俳句研究』に「嬰児日記」10句とある。
 嬰児日記とは、1936年のところで使われていた小見出しだ。確かに、また嬰児はいるわけだし、同じのを再使用してはいけないわけではないが、1947年の冒頭あたりを見ていても、どれだかピンと来ない。
 失礼ながら、ここだけではない、こんな感じなのは。
 ただし、誤解しないでいただきない。苦言ではない。
 まだまだ、『全句集』の読み方が足りない気がする。
 また、年譜に頼って、可能なかぎりの出典集めや、それによって、何か、夢道の作品の理解になおいっそう踏み込める予感がしてきた。
 妄言多謝。
posted by 木村哲也 at 08:58| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月21日

ブログ「月島・橋本夢道の会」から転載

クラブ第3回「月島・橋本夢道の会」は10月5日午後3時から、勝どき書房の橋本 夢道資料室で行います。関心のある人はどうか参加してください。いまのところ予定しているテーマは「生前の夢道の声を聴く」と「夢道の恋句」を考えており ます。夢道の声は数少ないのですが、録音が残っています。今回はそれを聴くことにしたいと思っております。それと、夢道が妻静子を出会い、そして結婚、出 産、解雇ということになるまでの、一連の恋句を取り上げてそれについて学んでみたいと思っております。
資料室の展示作品、資料もそれに合わせて「妻よおまえはなぜこんなに可愛いんだろうね」の色紙など、恋句を中心に展示しようと考えております。
詳しい日程は、後ほどご連絡します。なお、参加費は無料です。

※ 小生はもちろん参加します。夢道の声を聴けるのが楽しみです。
posted by 木村哲也 at 09:09| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月20日

漆原伯夫「月島の怪人」(10)

 『ecoja』8月号。「月ヶ瀬物語」(四)。
 伊藤佐太郎の肖像写真とともに『銀座商い半世紀』について紹介されている。
 ただ、あらためて指摘するほどではないが、夢道の生業のことであって、もちろ知っておいてムダではないが、作品とは直接関係のない話に終始する。
 夢道の著作物に、漆原は月ヶ瀬が出てこないことを指摘しているが、個人的には、むしろ当然と思う。
 最後のほうで、「みつ豆」のキャッチコピーのことが出てくるが、これも『全句集』対象外ではあることを、むしろ確認したい。

 閑話休題。
 本年も、教員免許状更新講習では夢道についてもふれた。
 今回は、「みつ豆〜」「君知るや〜」の他は8句、小生が選んで作品のみ提示して、予備知識なしで、好きな句を選び、感想を述べていただいた。
 「みつ豆〜」などとその他が、同一人物と思えないというほうが、むしろ普通ですよ(笑)
posted by 木村哲也 at 15:02| Comment(1) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月30日

『反骨無頼の俳人たち』(続・終)

 昨日の続き。
 村上の文章を引く。
 「夢道はあくまで底が堅く、しぶとい庶民性に視座を置き、あらゆる権威に安易な妥協はしなかった。窮乏している故郷の村の人々の暮らしをドラマチックに詠んだ句も多い」
 「おいら娘を売った〜」「父はわたしを金に〜」の2句が引かれる。
 伝記が語られながら句が引かれるが、それのみ指摘しておく。
 「呵々と笑い〜」、「九月四日〜」「涼しく裸の〜」、「大戦起る〜」「獄にいて〜」「うごけば、寒い」、「足かけ九年〜」「わが右手〜」「編笠を〜」
 その後、『無礼なる妻』のあとがきから引かれる。俳句の形式を通し、自由に歌いたい、なお抵抗しなければならないことがあるが、民族の文学までに発展させたのが、わが夢道俳句である、とする。「満々たる自信」と、村上は言う。
 一石路の文も引かれる。俳句という形式に束縛されず、性欲のことも、臆面もなくうたう、と。
 最後にこの文の表題の、「夢道鐘」をたたく、で終えている。
posted by 木村哲也 at 00:00| Comment(1) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月29日

『反骨無頼の俳人たち』

 村上護編、春陽堂、2009年。
 殿岡氏のコメントで知った。感謝。
 一石路、鷹女、三鬼、赤黄男など計10人の、むしろアンソロジー。
 夢道の説明で、金子兜太んの全句集序文での、「夢道は押し角力であって、投げ技は得意ではない」にあらためてハッとする。
 初期の作品から、他の俳人同様、百句ほど引かれている。
 最後に、まとめの文章。「夢道鐘を叩けば俳句の音がする」という見出しがおもしろい。
 俳歴にしては遅い句集刊行だからか、衒いなく、句集に「妻」の字を入れている、と言う。
 それについての草田男の、全句集での言及が引かれる。ホイットマンのたとえが印象的だ。
 「つつしみ」の極み、に編者が言及しているのも妥当である。
 ついでは、『良妻愚母』巻末の赤城さかえの文が引かれる。「ときに強引と思われる造語」と始まるのがおもしろい。 
 明日に続く。
posted by 木村哲也 at 13:00| Comment(1) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月23日

週刊「川柳時評」2013年7月5日

 http://daenizumi.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html
 夢道を語る会で直接会った方からのネット情報に感謝。
 言及されている雑誌の現物入手に時間を要した。
 リンク先では6句引かれていたが、原本では20句の掲載であった。その全体を掲げる。★はリンク先にもあるもの、☆は単行句集に掲載のものである。
 「太陽に見捨てられ〜 ☆」「恋のなやみも〜 ☆」「戦争ゴッコの〜 ★☆」「無礼なる妻よ〜 ☆」「月島や〜 ☆」「お袋が〜 ☆」「世界危機の〜 ★☆」「新樹光〜」「夏の夢〜★」「智慧の炎にも〜 ☆」「政治を信じられない〜 ★☆」「「ほらねクリスマスの〜 ☆」「発熱下痢〜」「君よそうや元日から〜 ☆」「良妻にヤミ米〜 ☆」「来世は孔雀の〜 ☆」「『たわしはいりませんか』〜 ☆」「毀れ易い〜 ☆」「貧乏桜よ戦争いや〜 ★」「半人半獣の〜 ★☆」
 ただし、最後の句は、リンク先では「半獣人」と始まっていることを指摘せざるを得ない。
 「新樹光貧相な家も照り返さる」「夏の夢冬の夢春暁とても夢地獄」って、すぐには全句集のどのあたり句か思い出せず。とりあえず。
posted by 木村哲也 at 00:00| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

漆原伯夫「月島の怪人」(9)

 昨日の続き。
 その後には、月ヶ瀬で、物を大切に扱っているやりとりが、夢道の文章で載っている。興味深いが、あえて引かない。
 7月号へ行く。
 藤苑主人の文章が長く引かれるが、これもあえて引くまい。
 さて、昭和30年12月18日号の『週刊サンケイ』の、「橋本星子さん 語る人 橋本夢道」が、写真ごと全部転載されている。
 元の記事自体が、「むすめ自慢」という、大きな写真の記事である。
 恋愛も、結婚を考えてなさし、という母親の言動への、星子さんの反応は「お母さんは古い。お母さんだって自由恋愛で結婚したくせに……」とあり、苦笑。
 夢道も、「フランスにでも行ってよいスポンサーをつかまえなさい」といつも言っている、というが、夢道関係の文章で「フランス」の語を見るのは、奇しくも初めてである。
 そして、現実に、結婚相手は日本人だが、フランス通であるのに驚かさせられる。
 末尾に、星子さんの誕生日と学歴が記される。以上。
posted by 木村哲也 at 00:00| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月21日

漆原伯夫「月島の怪人」(8)

 『ecoja』5月号は、考えることあり、扱わず。6月号(入院もあり、遅れましたが)。
 「月ヶ瀬物語(二)」として、昭和23年の機関誌『藤苑』が紹介されている。
 中ほどに、夢道が「花束」と題している作品群が引かれているのを、孫引きさせていただく。
  月ヶ瀬
 おしるこを食べて職場に皆帰る
  コックドール
 かぐわしき香やコーヒの秋の午後
  コックルージュ
 初冬の日を吸う昼の卓に逢う
  エスカイア
 少々の無礼もあらむジルバーの客
  米田屋
 牧水も酒は静かに飲まざりき
  韮山荘
 温泉(ゆ)をいでて伊豆の枯草やわらかに

 続く。 
posted by 木村哲也 at 11:35| Comment(1) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月30日

ちゃぶ台返し選手権

※ こんなのがあるんですね(笑) 以下転載。

「昭和の日」の29日、大分県豊後高田市の観光名所・昭和の町で、ちゃぶ台をひっくり返して不満や怒りをぶちまける「ちゃぶ台返し選手権」があり、ユニークな絶叫に会場が沸いた=写真[略]。
 ステージには昭和30年代のお茶の間を再現。26人の参加者が「宿題が多すぎる」「社長、休みをくれ」「男の人に優しくされたい」などと、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らした。
 白いかっぽう着姿で漫画「サザエさん」の母フネに扮(ふん)した同市美和の安東和江さん(33)は「磯野家に嫁いで幸せだけど刺激がない。韓流スターと恋がしたい」と、思いを代弁?してグランプリ。副賞の商品券(1万円)は「波平とおいしい料理を食べます」と、最後まで役になりきっていた。
=2013/04/30付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/361032
posted by 木村哲也 at 06:37| Comment(1) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月06日

八半亭(YAHANTEI)のブログ

 2006年3月11日、といささか古いが、初めて見た。
 http://blogs.yahoo.co.jp/seisei14/29393152.html
 このブログの開設時期よりは後ではある。
 「荻原井泉水周辺(十三)」で、夢道に言及されている。
 あえて「転載」する。これは、引用とは言えないが、ここでは出所を明記しているのでで、「盗用」はないことを、特にお断わりしておく。
 「三 昭和十二年、栗林一石路、橋本夢道のブロレタリヤ俳句の「旗艦」を創刊して分離。
○ 橋本夢道
 この橋本夢道についても先に触れたことがある。
http://yahantei.blogzine.jp/
 今回、荻原井泉水周辺ということで、改めて橋本夢道関連のネットの紹介記事などを見ていって、やはり、自由律俳句において、橋本夢道は、放哉・山頭火に匹敵する俳人であるという思いがした。そして、栗林一石路、橋本夢道らの自由律俳句が、プロレタリヤ俳句という範疇に入ることについて、栗林一石路はともかくとして、こと夢道に関しては、よりリベラリストの俳人という思いがする。と同時に、栗林一石路、橋本夢道らの俳句の系譜が、河東碧梧桐らの「自然主義文学」(リアリズム)の影響下のものに連なるものということについても思いを新たにした。しかし、次のネット記事のように、夢道もまた、放哉や山頭火と同じく、碧梧桐・一碧路らのリアリズムを基調とする自由律俳句と微妙な相違があり、より求道主義的・ロマンチシズム的色彩の荻原井泉水の影響下にあったということを知り、やはり、自由律俳句における、荻原井泉水の影響力というのは、定型律俳句の高浜虚子に匹敵するという感を大にしたのである。
http://www.city.chuo.lg.jp/koho/170115/san0115.html
下記の橋本夢道の紹介記事は、上記のアドレスのものである。
○ 寡作凡作月島蟋蟀(こおろぎ)「ひいひいひい」
○ 動けば寒い」
 リンク先へは、現在は飛べないようだ。だが、後者は、個人的には見覚えがある。
 論評はあえてしない。つまらない記事、というつもりは毛頭ないので、そこだけ特にお断わりしておく。
posted by 木村哲也 at 14:40| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

徳島散策

※ 昨日の Facebook から転載。

 失礼な意味でなく、月島とは自然環境というか空間感覚が違う、徳島。
 しかし、夢道は、どちらもなじめたわけだし、作品の理解には降り立つ必要がやはりある。
 熟年になって帰省し、じっと釣り糸を垂れていたはずの吉野川。
 昔の交通環境で言えば、決して近くもない、鳴門の渦。
 さて、鳴門へ大橋には反対していたと知らず、昨年は鳴門大橋で徳島入りで汗顔の至り。今回は、徳島空港を往復しました。
 レンタカーで、自分で土地勘を把握しました。
 あまり関係ないが、反対側が赤点滅でなく、押しボタン式信号の場合にもっぱら、黄色点滅の幹線道路、というのが、初の経験でした。
 区画整理されていないところを、カーナビで走ると、カーナビが悲鳴を上げている感じもしました。
posted by 木村哲也 at 17:42| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

漆原伯夫「月島の怪人」(7)

 昨日の続き。
 その後、雑誌『層雲』の、当然ながら右横書きの表紙の写真が載り、1922年ころの夢道の句が引かれる。
 漆原によるものではなさそうだが、引用も長く、やや不明瞭ではある、とあえて申し上げる。
 なお申せば、「二〜三掲出する」とあって、以下の4句である。
 「野菊咲き〜」「酒の香の〜」「ぬかるみの〜」「音のゆたかなる雨の音を聴く」
 3句めまでは、『無礼なる妻』の「層雲入門」の冒頭の3句である。なお申せば、冒頭の句は『良妻愚母』にも再掲されている。4句めのみ、『全句集』での収録であるので、全体を掲げた。
 その後は、奥村商店東京支店の、終戦までの様子が抜粋される。
 失礼ながら、震災直後の倉庫の写真もともかく、奥村商店前での、夢道も映っている写真に目が行った。
 「自由恋愛は野合でごわす!」と言われて馘首された、というあたりは、漆原の文章か。失礼ながら、転載のほうが多いような文章では、そんな気もしてしまう。
 「自殺の出来ない〜」の句が引かれ、「自殺」はこの句でのみ、と言っているが、失礼ながら、やや不正確だ。『無類の妻』の伊豆大島への「金婚の旅」に「自殺者は〜」の句はある。もちろん、趣旨は違うが。
 夢道の再就職のところまでで、この号は終了。
posted by 木村哲也 at 08:09| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

漆原伯夫「月島の怪人」(6)

 3月号が届いた。
 さて、ふと、小生なら「快人」としたいとか、脳裏をよぎった。
 「夢道と奥村家」と始まる。
 地元での死後刊行、『夢道母郷集』が出て来る。以前も申したが、「母郷」とは、いい語だが、造語には読みがなが欲しい。
 そこに収録の「随時随想」から、の紹介だが、入手しにくいその刊行物よりは、『全句集』に収録されているのだから、そちらへの言及も欲しい気がするのが正直なところである。
 不治とされるガンになるまで、丁稚奉公に行ってからは薬は飲んでいない趣旨を、夢道は語っている。
 その丁稚奉公だが、奥村家が、地元の優秀な小学生を確保しようということに躍起であった、という趣旨のことが、漆原によって語られている。
 そして、夢道の祖父が、寺子屋を開いていた、と言う。これは寡聞にして知らなかった。
 それから、奥村家についての紹介が長く続くが、郷土史ふうで、夢道研究からはややそれようか。
 さらには、奥村雪野という俳人のことも、地元誌から引かれていることのみふれておく。
 明日に続く。
posted by 木村哲也 at 19:10| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月07日

松田ひろむ『一番やさしい俳句再入門』

 第三書館、2008年。
 過日の夢道の会の主賓である。悪天候とは言え、遅刻したことが残念であった。
 しかし Facebook には元から共通の友人もいた。これからよろしくお願いしたい。
 さて、その方の著作であるが、『入門詠んで楽しむ俳句16週間』(新生出版社、2002)には、夢道のことは出て来ない。
 もう1冊のこの本には登場する。
 無季自由律の夢道は、残念ながら俳句入門書向きでないから、失礼ながらあまり期待していなかったが、生前の夢道に接したことがあり、こうした会に来られる方だから、念のために調べてみた。
 なお、この本の最初のほうで、川柳にふれているところでは、鶴彬も出て来る。
 さて、夢道は、「6 類想・類句」で、「海女」のところで、真砂女の後に「花びらが花を離れゆく海女の浮桶」という句が紹介される。これは第三句集『無類の妻』の終わりのほうに載っているが、個人的にはあまり印象が強くはなかった(失礼な意味で申しているのではもちろんない)。
 さらには「11 俳句の歴史」で、「5、客観写生への反旗」のところで、石橋辰之助のやや前に「大戦起るこの日のために獄をたまわる」という、有名な句が載っている。
posted by 木村哲也 at 19:10| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

転載 コラム・ゆりかもめ

■□勝どき書房□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

■  ★〜★〜★ コラム・ゆりかもめ ★〜★〜★ 
□    
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■殿岡駿星□■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■□  第498号 2013年03月05日 啓蟄号(05日)■□
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇月2回、24節季に配信。受信登録の方法は末尾に掲載。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆◆「第2回『月島・橋本夢道の会』に8人が参加」◆◆
…………………………………………………………………………………
第2回「月島・橋本夢道の会」は2日午後3時から、勝どき書房の夢道資料
室で開きました。今回は現代俳句協会参与で「?座俳句会」代表の松田ひろ
む先生、宇都宮の俳人「パーちゃんさん」夫妻、函館から北海道教育大准教
授でブログ「つくづく橋本夢道」を運営している木村哲也先生、妻浩佳の高
校時代からの友人で千代田区に住む後藤京子さん、そして夢道の長女の夫
石田恭一、そして妻とわたしの合計8人が参加しました。
木村先生は暴風雪のため飛行機が欠航、JRに乗ったものの架線事故と豪雪
のため予定より到着が遅れましたが、それまでは松田先生がいろいろと話を
してくれました。松田先生は74歳でかつて新俳句人連盟長野支部の役員を
していた関係で、夢道が元気で活躍していたころに何度か会っています。夢
道の自宅へも2度行っているそうです。松田先生から聴いた新しいエピソー
ドは、
夢道が亡くなってから、わたしたちに静子は涙一つ見せなかったのですが、
実は死にたくなって一人で逗子の海岸へ行ったのです。そこは、かつて夢道
と二人で過ごした思い出の海でした。しかし、死にきれず桜貝を拾って月島
の家に戻ってきたそうです。その桜貝は今でも残っているはずです、と松田
先生はいうのです。しかし、一緒に暮らしていた石田恭一はそれを知りませ
んでした。次回までに、なんとかその桜貝を見つけようと思います。
パーちゃんさんは、子どものころから俳句が好きで、実に俳句をよく勉強し
ていて松田先生にほめられていました。本格的に俳句を作るようになったの
は、夢道の自由律俳句を知ってからですが、自由律は難しくて、いまは定型
を作っています、といっていました。松田先生は「自由律は一句一律」とい
う考え方で、一つの句には、一つのリズムがあるそうです。いやいや、わた
しのような素人にも、松田先生の話は納得できるものでした。
後藤京子さんは自宅から1万歩近く歩いてのうれしい突然の参加でした。京
子さんは朝日歌壇でも、2人の選者から同時に選ばれて☆印をもらったこと
もあります。京子さんは「無禮なる妻」も読んでくれていました。
夕方になって到着した木村哲也先生は、北海道教育大学で道内教員の免許更
新講座で夢道を取り上げてくれたそうで、その授業の内容について話してく
れました。一般の先生は教科書に出てくる、いわゆる有季定型の俳句しか知
らないことが多いそうです。その中で、夢道の「うごけば寒い」「妻よおま
えはなぜこんなに可愛いんだろうね」などの自由律俳句を紹介してカルチャ
ーショックを与えてくれているようです。
近くのサイゼリアでの打ち上げを含めて、およそ6時間の勉強会は本当に楽
しかったです。次回は10月に、石田恭一が持っている夢道の録音の声を聴
く会にしようということになりました。ご期待を。
写真は、初公開の夢道の句「石も元旦である」と松田先生です。話に夢中に
なってしまい、全体写真は撮れませんでした。次回はぜひ。
◆夢道の句「石も元旦である」と松田ひろむ先生
http://www.geocities.jp/syunsei777/130302fb1.JPG
posted by 木村哲也 at 08:43| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月21日

◆◆「第2回『月島・橋本夢道の会』の展示を終了」◆◆

※勝どき書房 コラム・ゆりかもめ 第498号 2013年02月19日 雨水号(18日)から転載

3月2日に東京・勝どきの夢道資料室で開く第2回「月島・橋本夢道の会」
の展示がほぼ終了しました。今回は「獄中句」に焦点を当てました。代表
的な句の「うごけば寒い」は、夢道の色紙、墓石用に夢道が書いた文字、
それと墓石の写真を揃えました。
それと、夏の独房で作った「からだはうちわであおぐ」の色紙、夢道が妻
静子に宛てた獄中からの書簡、東京拘置所から釈放されたときの「保釈
決定書」、逮捕された当時の夢道が住んでいた月島の長屋の「間取り図」、
保釈直後の静子の写真、獄中で密かに句作した「紙石板」の写真などです。
これらの展示物には、それぞれ説明文を付けました。3月2日は午後2時に
は開場します。午後3時から、参加者のみなさんと夢道について自由に語り
合いたいと思っています。また、当日はコピー機を用意しますので、展示物、
資料は自由にコピーできるようにしました。(ただし1枚10円の実費をい
ただきます)。
今回も81歳になる夢道の長女石田星子、夫の恭一も参加してくれるそう
で、貴重な生き証人ですので、今のうちになんなりと質問してください。
午後5時半からは近くのフードコートで打ち上げを予定しています。
この展示は、3月8日から10日まで月島の社会教育会館大ホールで開か
れる「平和プラザ2013 平和をねがう中央区民の戦争展」の夢道コー
ナーでも披露する予定です。(入場無料)。メインのイベントは9日午後
1時半からの孫崎享さんの講演ですが、その前日8日午後6時半からは、
わたしが夢道の獄中句について30分ほど話をする予定です。
話す内容は、獄中句をノートでなく「紙石板」に残すことになった理由と、
それについての静子の機転と、獄中句の中で、わたしが最近気が付いた気
になる句についてです。では、お待ちしております。
posted by 木村哲也 at 08:23| Comment(2) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月14日

漆原伯夫「月島の怪人」(5)

 昨日の続き。
 時にわがままでもあった夢道には、長屋暮らしは心地よかった、の趣旨のことが述べられている、と言う。
 ややぶしつけな記事という気もしなくはない。
 さて、夢道の住んだ長屋の柱の傷の話が出て来る。
 また、押し入れには、次女の方によるフェルトペンでの詩の落書きがある、とも(ただし、本人情報では他の方による、とも。失礼な意味でなく、こういうことの事実関係にはあまり関心を払うべきではないと愚考する)。
 その詩は、夢道の思いのようにも読める、とあると言う。
 実は、これはフランスの詩人アポリネールの「ミラボー橋」である(奇遇だが、小生の修士論文のテーマでもある)。
 さてさて、どこまでが引用記事なのか。
 最後までのように思えた。これでは転載だ。
 それもともかく、どこまでだか不明瞭なのは、親切とは申せない。恐々謹言。
 続く。
posted by 木村哲也 at 00:00| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月13日

漆原伯夫「月島の怪人」(4)

 昨日の続き。
 「反戦のダイナミックな表現」「文学者としての誇りと勇気」という二つの見出しは、赤旗記事のであると思われるが、ならば、長すぎる引用でもあろうか。
 ともあれ、1月号の記事が終わる。
 2月号の記事に移る。
 志摩芳次郎の名が出て来る。非常にほめている。その著作の写真も載っているし、前後した感じではあるが、没後20年の展覧会のポスターの写真も載っている。
 さて、夢道が闇屋をやっていたという、またしてもやや長い引用がある。
 米兵を投げ飛ばしたから、怪人、という感じである。
 そして、朝日新聞の平成9年11月の記事である。中沢一議、とは初耳である。情報に感謝したいが、何市の記事であろうか。明示がないのが残念である。
 「さんま食いたし〜」「一生を棒に俳句や阿波踊り」「妻よ五十年〜」の3句が引かれていると言う。
 記事の書き手が、長屋に星子さん夫婦を訪ねた、と言う。
 明日以降に続く。
posted by 木村哲也 at 00:00| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

漆原伯夫「月島の怪人」(3)

 昨日の続き。
 夢道作品をはぐくんだのは、あの長屋であり路地であった、と谷山が言ったと言う。
 とりすました屋敷などは考えられない、とも。
 確かに。
 句集には夢道はすべて、題名に「妻」という字を入れている、と。
 そのとおりだが、あえて申せば、初見の読者もいることを思えば、出版社はともかく、刊行年、せめて、題名自体を明記すべきであろう。
 妻を残して逝きたくない、と言いながら、夢道は先だった。
 絶句に「桃咲く藁家〜」が挙げられている。
 さて、その後は、展覧会のころの「赤旗」署名記事の話になる。
 石塚真樹によるというこの記事は初耳である。早急に取り寄せる。情報に感謝する。
 以下にの記事が紹介されるが、やや漆原との文章の区別がしにくい、とあえて申し上げる。
 金婚の旅での、「馘首投獄〜」「妻よ五十年〜」の句が紹介されているらしい。
 明日以降に続く。
posted by 木村哲也 at 00:00| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。